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平日の真っ昼間、ピンポ~ンと玄関ベル音が鳴った。

出てみると、男性が2つのトロ箱を重そうに持ち上げながら、
「果物どうですか?」
ドアを開けていきなりだったので、びっくり。
私:「へ?」
男性:「八百屋です」
私:「はぁ……」

普段から、あまり果物を買う習慣がないので断った。
けれど、一旦は部屋に戻ったものの、何故か気になって玄関に引き返し、再びドアを開けた。
まだいてくれるといいな、と思いながら。

ちょうどお隣り宅の玄関ベルを押したところで、
ドアを開けた私に気付いたお兄さんは、笑顔でこちらに戻ってくれた。

私:「果物は何があるんですか?」
お兄さん:「今日は、黄桃とプラムです」

2個で1パックのプラムと、黄桃1個を買った。計3個790円也。
日常ではまずありえない買い物の品と値段。

聞けば、産地直送果物を、わざわざ電車に乗ってカートを押して、行商しているとのこと。

お兄さん:「お得意さんを回りながら、時々この近所に来るんで、またよろしくお願いします」
私:「ああ、ごめんなさい。普段は全然いなくて、今日はたまたま居ただけなんです」
お兄さん:「わぁ、ご縁ですねぇ。ありがとうございます。じゃあ、またいつかお会いできたらお願いします!」

それほど暑い日でもないのに、首からかけたタオルで汗を拭き拭き、
産地や食べ頃の見分け方、食べ方を説明してくれた。

領収書を受け取りながら、買ってよかったと思った。

実は、最初に断って玄関ドアを閉めた瞬間、心の中がザワザワした。
普段はいるはずのない時間に在宅していたその時に、我が家にやってきた八百屋のお兄さん。
出逢えない確率の方が断然高い。

しばらくすると、ベランダ越しにお向かいのビルの階段を、
重いトロ箱を持って上って行くお兄さんが見えた。一軒一軒回っている。
産地と食べ方、成分を丁寧に説明しているのだろう。
ドア越しの住人は、ふんふんと聞いているようだった。そして、一軒、二軒と売れていく。

周辺にはエレベーター付きの大きなマンションやマンモス団地があるのに、
わざわざ階段しかない我が家やお向かいのビルにも、
ちゃんと果物が入った重いトロ箱を抱え、1段1段階段を上って回っていた。

このお兄さんはきっとあったかい人なのだと直感した。
少なくとも、物が売れればそれでいい、利益にさえなればいいと考える人ではない。

客に対して、美味しい果物を食べて笑顔になってもらいたい、健康で元気になってもらいたい、
そのために、一軒一軒訪問しているのだと思った。

お兄さんから、受け取ったのは黄桃とプラムだが、
それ以上に純粋であたたかい想いをいただいた気がして、嬉しかった。